Ino_noosの自転車遍路の記録

還暦のオヤジが自転車で四国をお遍路しました。その記録を記します。

準備編=ルート=

お遍路は、八十八ヶ所を一遍に打つ通し打ちと、何回かに分けて行う区切り打ちがある。ボクは東北の小都市から出発するので、四国往復の交通費だけでも5万円以上かかる。従って区切り打ちなどはありえず通し打ちで計画した。次に巡礼のルートは、一番から八十八番まで順に回る順打ち、その逆に八十八番から始める逆打ち、番号関係なく回る乱れ打ち、という方法がある。話は変わるが、坂東眞砂子死国という小説を昔読んだことがあって、逆打ちって怖いものだとつい最近まで信じて疑っていなかったボクは、普通に逆打ちと言う方法があるのを知って驚いたものだった。

 

さて、ボクは鉄道で四国まで行くので、高松か徳島からスタートするのが妥当だと考えた。高松だと八十三番辺りからのスタートだが、ここはやはり徳島まで行って一番から始めるのが穏当だろう。最初のお遍路だし。一方四国を出るときは徳島から和歌山行きのフェリーに乗って高野山奥の院へ向かう。ということは八十八番大窪寺から徳島港までのルート上に一番から十番があり、順打ちするとここは2回通ることになる。ボクはこう言うのは納得できない性質で、それだったら一番から十番は後回しにしようということにした。そうなると十一番がスタートとなるが、その次の十二番焼山寺は遍路ころがしと言われる難所で標高約700Mの高地にある。だったら朝一の元気なうちにそっちを攻めようかとなり、十二番から打ち始めることに決定した。ということで結論を言っちゃうと下図のようなルートで走破した。紫色の太線が自転車で走ったルート、途中途切れているところは電車でワープした部分を表す。

実際走ってみると、朝一で激坂にアタックするのは何かとメリットがあり、この作戦は多用した。つまり難所と言われる札所の手前に宿を取り、翌朝夜明け前に出発するという作戦だ。この作戦のメリットとは、朝一の元気なうちに上れること、気温が上がる前に上ることで体力の消耗を防げること、荷物は宿に預かってもらえること、がある。もっとも3番目はルート次第だが。それから都市部の札所が密集している地域は、宿を連泊して回るという作戦も使った。こちらのメリットは、荷物を宿において身軽になれること、当日の宿の心配をしなくて済むこと、がある。とくに後者は心穏やかに走れるので心理的圧迫から逃れることができる。一方総移動距離は長くなるというお釣りがくる。

 

こちらは本テーマからは逸脱するが、トレーニング中の画像。蔵王エコーラインの山頂というかハイラインの入口手前。前回の自転車編の積み残しだった荷物を積む方法は、この通りで決めた。

リアは、GIZAのEZキャリア―。耐荷重10㎏でこの日は2Lの水を積んでトレーニングしている。しかし実際の荷物は8㎏になりこの程度では焼け石に水だった。フロントバッグはオーストリッチのF-301K容量7.8L。このFバッグにお遍路セット一式を詰め込んだのだが、これはかなり重宝した。着脱がワンタッチでできて、またハンドルから少し離れているのでハンドルを握る時に邪魔にならない。お遍路さんの所謂頭陀袋の代わりとして十分役立った。ちなみにタイヤはパナレーサーのアジリストライト28C。幸いなことにお遍路道中一度もパンクはしなかった。変速はフロントワンバイの36T、リアは11速でローは34T。つまり減速比ほぼ1という亀さん仕様。実際はこれでも悪戦苦闘の連続だった。シャバダバシャバダバやりぬくぞ(古っ!)